「ヴェニスの商人」@劇団四季自由劇場

 最近はそうでもありませんが、かつて「ヴェニスの商人」は喜劇に分類されていたように記憶しています。アントーニオとバッサーニオの友情があり、バッサーニオとポーシャの恋物語があり、無理難題を言ってくるシャイロックをコテンパンにやっつける話だと考えれば、まあ喜劇なのかもしれません。しかし、バッサーニオとポーシャの恋物語はともかく、アントーニオとバッサーニオの友情は、メロスとセリヌンチウスの友情のように、いくらなんでもやり過ぎなのではないかという疑問がいつからか湧いてきました。そして、シャイロックの要求は、それだけを考えれば無理難題ですが、契約書通りのものであるし、それまで都合のいいように利用されてきたこと、唾をはきかけられるような仕打ちを受けてきたことを考えると、意趣返しをしたいと思ったとしても、無理はないでしょう。刃物を振り上げますが、彼がほんとうに肉を切り取るつもりだったのかどうかはわかりません。

 何年か前に、確か銀河劇場で観たイギリス人演出家による「ヴェニスの商人」では、アントーニオとバッサーニオの同性愛が強調されていました。確かにポーシャよりも、アントーニオを大事にしているふしがあります。
 先日、放送のあった2011年のトニー賞授賞式ではアル・パチーノがシャイロックを演じたリバイバル公演がノミネートされていて、その作品紹介コメントで、悲喜劇tragi-comedyという言い方をしていました。シャイロックの扱いを大きくしたら、必然的に喜劇的要素は薄くせざるを得ないでしょう。この話を喜劇にするのなら、深く考えない、結末の指輪をめぐるドタバタで全編を通すようなものになるのかもしれません。

 プログラムによると、シャイロックに焦点を当てた演出は、1968年に浅利慶太氏が劇団民芸での上演の際に初めて行なったものということです。過去に、西欧でもあった可能性は否定できませんが、少なくとも主流にはなっていなかったのは確かなようです。

 シャイロック(平幹二朗)は浮ついたヴェニスの連中とは一戦を画しています。ユダヤ人である彼は金貸しを商売にしている。商売だから利子をとる。そのことで金を貸した相手に恨まれています。石を投げられたり、唾をはきかけられたりしているようです。ある時、アントーニオ(荒川務)という男が、シャイロックに金を借りに来る。彼は日頃、友人たちに無利子で金を貸していて、シャイロックをあからさまに罵倒してきた男です。意趣返しのつもりなのでしょう。彼は利子をとらない代わりに、返済できない場合は胸の肉1ポンドを切り取るという条件で金を貸します。
 アントーニオは自分自身のためにお金が必要だったわけではありません。親友のバッサーニオ(田邊真也)がポーシャ(野村玲子)という女性に求婚するのに必要なお金です。破産状態の友人のために、アントーニオは無理をするわけです。借りた額は大金ですが、彼の船が戻ってくれば、どうということのない金額です。

 劇的な展開とは、この場合、その船が帰ってこないことです。アントーニオはお金を返せません。シャイロックは証文を手に返済を迫り、事は法廷に持ち込まれることになります。
 バッサーニオの求婚の方はトントン拍子というか、まことに都合良く進みます。同行したグラッシャーノー(田島康成)とポーシャの小間使いネリサ(笠松はる)の結婚話もまとまります。そこへアントーニオからの手紙が届いて、バッサーニオたちは急ぎヴェニスへと向かいます。ポーシャたちは一計を案じ、後からこっそり出発します。

 そして、有名な裁判の場。著名な法律家に変装したポーシャの言うことは最初のうち、シャイロックに有利に見えますが、最後に大逆転が待っています。シャイロックは、それまでに出された和解勧告をすべて突っぱねていたので、すべてを失うことになります。主筋との関連が薄いので、つい抜けてしまうのですが、シャイロックの娘ジェシカ(鳥原如未)がロレンゾー(城全能成)と駆け落ちするという挿話もあります。シャイロックは娘も失ってしまうわけです。
 追い打ちをかけるように、アントーニオはシャイロックの入獄を許すのに、キリスト教へ改宗することと条件をつけます。アントーニオは軽く言ってのけますが、これは石を投げるより、唾をはきかけるより残酷なことでしょう。

 この後の指輪をめぐるドタバタは、シャイロックを主役と思っていると、とても浮ついたものに見えます。やがて彼らは舞台上から去っていきますが、しばらくの間、照明は残っています。だれも出ては来ないのですが、まるでそこにシャイロックがいるように感じました。

 劇団四季の「ヴェニスの商人」は前にも観たことがあります。その時は日下武史のシャイロックでした。四季の芝居は独特の節回しが時々気になるのですが、シャイロックが登場すると舞台の空気が一変し、俳優のセリフも自然に響いてきたのを覚えています。
 私は観ていませんが、平幹二朗は自身の主催公演でもシャイロックを演じたことがあるはずです。四季は福田恒存による翻訳ですが、幹の会では確か小田島雄志の翻訳という違いもあるので、身体にしみついている別のシャイロックを封じるのにも一苦労あったかもしれません。日下武史よりも、攻撃的なシャイロックに見えました。タイプは違いますが、平幹二朗シャイロックも登場で空気を一変させ、ほかの俳優たちの演技力も引き出したように感じました。
 女優は笠松はる、鳥原如未とミュージカルで活躍している若手が抜擢されたようですが、彼女たちについてはポーシャの野村玲子の影響力なのか、セリフが明瞭で自然に響いてきました。

 この演出での初演から40年以上が過ぎて、最近観た「ヴェニスの商人」はどれも喜劇とは思えないものばかりです。昔は本当に喜劇として上演されていたのなら、そういう演出での上演も一度観てみたい気もします。

 



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    Excerpt:  今年に入ってから、劇団四季見に行く回数がめちゃくちゃ減ったなぁ。と言うことで今回はもう終わってしまいましたがヴェニスの商人の記事です。 Weblog: よしなしごと racked: 2011-07-02 22:49