観劇記と読書記

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zoom RSS 「蝶々さん」@シアター1010

<<   作成日時 : 2011/03/07 20:44   >>

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 土曜日は"When tomorrow comes"とか"At the end of the day"とか言っていましたが、日付が替わった時から「レ・ミゼラブル25周年記念コンサート」の放送がありました。もう何度か観ているし、録画もしていたので、今考えれば、さっさと寝てしまえばよかったのですが、ほどほどのところまで観て寝ようかと思い、つい観始めてしまいました。1幕の終わりくらいのつもりが、そこまで来ると"On My Own"はもうすぐです。それが終わると"Bring Him Home"がある。もう一回コゼットが観たい。すぐにアンコールだ。そして、ついに終わりを迎えるのは3時7分。終わっても気持が昂ぶって、すぐには寝られませんでした。
 日曜は北千住で「蝶々さん」の2時公演を観る予定で、その前にいくつか片づけておくことがあったために8時起き。午前中に用事を済ませ、昼過ぎに自転車で出かけました。地下鉄で行ったら、寝てしまったでしょう。前にも行ったことがあるので、だいたいの所要時間はわかります。10分前くらいに着きましたが、重要なことを忘れていました。シアター1010は11階にあるのですが、エレベーターの便がおそろしく悪いのです。2台とも上へ向かっていて、ほぼ同じような動きをしています。最初に来たエレベーターは満員。不安を抱きましたが、2台目はカラ。途中に何度か止まって、11階に着いたのは開演予定の2時ちょうど。この劇場へ行く時は15分前には、エレベーター・ホールに着いている必要があります。エレベーターは運に恵まれて5分、平均10分、悪くするともっとかかりそうです。 そういうことを主催者が承知しているからかどうか、少し遅れて始まりました。

 さて「蝶々さん」。プッチーニのオペラの原型になったブロードウェイの舞台の原作にあたる短編小説を書いたジョン・ルーサー・ロングという人がいました。彼の小説は、彼の姉で宣教師の妻として長崎で3年間暮らしたセーラ・ジェーン・コレル夫人が出会った少女の物語がヒントになったのだそうです。現実のコレル夫人が弟にどういう話をしたかはわかりませんが、この舞台のコレル夫人(剣幸)は、弟の小説でもブロードウェイの舞台劇でもプッチーニのオペラでも、蝶々さん像は歪められてしまっていると考えていて、武士の娘であることに誇りを抱いていた蝶々さんこと伊東蝶さん(島田歌穂)の真実の姿を伝えたいと、自分の書いた手記を語り始めます。

 宣教師として長崎に赴任してきたアービン・コレル(戸井勝海)とその妻が住む家に、ひとりの少女が小間使いとして雇ってほしいと訪ねてきます。コレル夫人は、伊東蝶、別名蝶々さんと名乗る聡明そうな少女を気に入りますが、手は足りているので断ってしまいます。両親を亡くして頼れる親類もいない少女は、丸山へ行くことになるでしょうと言って去っていきます。コレル夫人は丸山と言われてもピンと来ません。日本語のできる女中に訊くと、困ったように「遊ぶところ」と答えます。長崎の丸山といえば、確かに「遊」という字の入るものがあったところです。
 母親から笛を仕込まれていた蝶々さんは、遊女にはされず芸者として扱われていたようです。祭で笛を吹いていた彼女をコレル夫人が見つけて、2人の親交が始まります。コレル夫人は横笛を教わるという名目で、週に一度、彼女を家に呼び、蝶々さんは夫人から英語を教わることになります。親しくなってみると、蝶々さんが才気煥発な娘であることがわかります。コレル家の書生(海宝直人)などは彼女に恋心を抱きます。
 蝶々さんの英語上達はコレル夫人にとっては楽しく喜ばしいことですが、丸山ではそのことで一儲けを企む者がいました。フランクリンという海軍少尉と"長崎式結婚"をさせようというのです。蝶々さんはフランクリンの愛の言葉を真に受けていて、一緒にアメリカへ渡ることを夢見ていて、キリスト教の洗礼を受ける決心までします。
 フランクリンは軍の命令により、蝶々さんにいくらかのお金を渡して、長崎を去っていきます。それきり手紙も来ません。やがて、彼女は妊娠に気づきます。領事館へ行って、連絡を取る方法を探しますが彼女には何もできません。コレル夫人がフランクリンの身元照会を頼むと、案の定、彼には本国に妻がいました。
 数年後、蝶々さんは生まれた男の子にイサクと名づけて育てています。彼を武士の誇りを持った男に育てたいと考えています。そんなある日、アメリカの軍艦が長崎に寄港します。フランクリン少尉も乗っているに違いありません。蝶々さんは彼を迎える支度をして待ちますが、彼は現れないまま、軍艦は出航していきました。数日後、今度は客船が来ます。その船に乗ってきたフランクリン夫人が蝶々さんを訪ねてきて、自分が妻であることを告げ、子供は自分たちが育てると言って引き取っていきます。そして、母からつたわえられた懐剣で自裁した蝶々さんが見つかる。
 コレル夫人は、弟もブロードウェイの劇作家もプッチーニも、日本へ来たことがないので、本当の蝶々さんを理解できていないといいます。しかし、彼女にも蝶々さんがなぜ自裁したのか、弟たちの解釈に違和感を持つことはあっても、本当のところは理解できなかったのではないでしょうか。宗教や死生観が違うのに、コレル夫人は自分の宗教が受け入れられたと思い込んだフシがあります。利発なはずの蝶々さんも、長崎式結婚に気づかない。アメリカへ行くことを夢見てはいるものの、かなり現実離れした幻想がありそうです。息子に日本でもアメリカでも通じるようにとイサクと名づけていますが、旧約聖書にある名前つまりユダヤ人の名前はどう受け取られることになっていたでしょう。
小さな誤解の積み重ねが悲劇につながっていきます。

 表面的なできごとを書き並べただけだと、「マダム・バタフライ」と同じあらすじになってしまいます。この舞台では、武士の娘としての誇りを強く抱いている蝶々さん像を描き出そうとしているようです。そして、それは、このミュージカルのもとになった市川森一による朗読劇のテーマであったようです。 島田歌穂の蝶々さんは確かに武士の娘で、聡明で誇り高く生きようとする十代後半の娘でした。並行して出演中の「ゾロ」のイネスでは考えるより動くのが早いスペインのジプシー女、5月にはフランスの17歳。振幅の大きさに驚きます。

 朗読劇版の登場人物は、蝶々さんとコレル夫人の2人だけだったそうです。そのため、ミュージカル版も2人の存在が濃厚です。というより、正直なところ、この2人だけで十分に成立しそうです。
 コレル牧師と書生、それにコーラスがいるのですが、まずコーラスはほとんど活躍の場がありません。具体的なセットがあれば、それを動かすという役割が作れますが、舞台上にはほとんど何もありません。ストーリーの語り手としてはコレル夫人がいます。コレル牧師にはソロ・ナンバーがあり、書生にも蝶々さんの父親の死との関連という存在理由が設けられている。そして、それぞれの役割はきちんと果たしてはいますが、物語上どうしても必要な存在だとは思えませんでした。原作の朗読劇が2人だけのところにキャストを増やすなら何か要素が加わらなければならないのに、それが欠けてようです。
 その分、物語の重要人物で語り手でもあるコレル夫人は、ほぼ出ずっぱりで、歌もセリフも膨大な割合を引き受けています。剣幸にはコレル夫人のように理知的で心優しい人物がはまり役であるし、コレル夫人がすべてを語るのが、確かにいちばん自然ではあるのですが、ちょっと偏りすぎたのではないかと感じました。 
 
 登場人物を増やすなら、蝶々さんに恋心を抱く青年よりも、蝶々さんとコレル夫人の2人のやりとりにあるそのあたりのずれを指摘したり、何がずれているのかを示唆する別の日本人かなと思います。アメリカ人もコレル夫人と言うことがあまり変わらない夫よりも、領事がいたらどうだったか。 また、ミュージカルとしては、最初の曲になるまでが、ちょっと長いかなと感じました。
 初演は観ていませんが、かなり大胆に変わったらしいので、次の時にどう変わるのかに期待します。


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