「市川段治郎 名作語り その二 太宰治 お伽草紙」@セルリアンタワー能楽堂

 渋谷のセルリアンタワーに能楽堂があるのは知っていましたが、入るのは初めてです。開演10分前にセルリアンタワーに着いた後で迷ってしまい、能楽堂の入口でチケットを受け取ったのは2分前でした。受付から客席までは料理屋の廊下を歩いていくような感じです。座席数は二百くらいでしょうか。こじんまりしています
 能楽堂という空間を使っていますが、公演は能でも狂言でもありません。太宰治の「お伽草紙」を語りとして読むというものです。出演者も能楽の人ではなく、歌舞伎俳優の市川段治郎、声優の三木眞一郎、新内節の新内剛士の3人です。最初に新内剛士が切戸口から二挺の三味線を持って登場。続いて、揚幕から段治郎が袴姿で出てきました。

 この公演は昼夜2回行われていたのですが、昼と夜では内容が違っていたようです。「お伽草紙」は4編の短編からなっていて、昼夜2編ずつを取り上げていました。ただし、冒頭にある太宰による序文のような部分は共通して読んでいたものと思われます。後半2編を読む夜の部にあったのだから、前半を読む昼の部にもあったに違いありません。
 「お伽草紙」は昭和20年に発表されたもので、防空壕から出たがる幼い娘をなだめるために、父親である自分がお伽話を話して聞かせたという設定からなっています。そうして語りながら、太宰の頭の中では、おとぎ話のシンプルな内容にさまざまな肉付けがなされていくというものです。子どもには聞かせれらない、妄想のような肉付けです。
 夜の部で語られたのは「かちかち山」と「舌切雀」。「かちかち山」は状況説明が終わると、ウサギとタヌキの対話になります。太宰の妄想ではウサギは17歳の小娘、タヌキは37歳の中年男になっています。擬人化されていますが、ウサギとタヌキそのものでもあります。「舌切雀」の大部分はおじいさんとおばあさんとの対話です。こちらではおじいさんは豪農の三男坊いまでいうニート、実は三十代後半。おばあさんはそれより年下ですが、おじいさんの世話ばかりの生活に疲れています。そうした状況説明は段治郎が語り、対話になると三木眞一郎が加わります。新内節は話の始まる前と終わった後、その他要所要所で入ります。

 「名作語り その1」では漱石の「夢十夜」だったそうです。場所は同じセルリアンタワー能楽堂。「お伽草紙」のための能楽堂ではなかったということになります。共通しているのは、妄想もしくは幻想の物語であることです。観客は妄想もしくは幻想の物語をさらに想像でふくらませていきます。その想像を助けるための何もない能舞台なのでしょうか。 
 芝居なら、そのふくらませていくところは俳優の仕事ですが、語りでは、語り手の役割は材料を観客に提供することにあります。想像でふくらませる楽しみは観客に与えられている。男2人がウサギとタヌキになり、小娘とおっさんの姿が見えてきました。

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