「新浄瑠璃 朝右衛門」@紀伊國屋ホール

 厚木シアタープロジェクト ネクストステップ第1回公演と、タイトルの横に表示されています。劇団扉座第46回公演とも出ています。扉座の公演は前回の「神崎与五郎東下り」も観ました。この時は、神崎与五郎の物語を現代の俳優が演じる話でしたが、今回は題名通りの時代劇です。朝右衛門とは劇画の「首切り朝」、山田朝右衛門。たぶん原作の劇画がそうなっているのでしょう、牢と刑場が物語の中心です。それに合わせてなのか、舞台の支度なのか入口で御仕着せらしい服装をした、出演者らしい人がチケットのもぎりをしていました。強風のために電車の遅れがあったために、開演時間を少し後らせたりしていたようです。

 山田浅(朝)右衛門家は江戸時代に実在した代々首切り役を務めていた家系です。首切り(死刑執行)は幕府の御用ですが、山田家は幕臣ではなく正式には浪人でした。劇中の朝右衛門は三代目といっていましたが、史実からすると跡取りがいたので、独り身で家業を継がせる子も弟子もいないのは変ではあります。まあ、時代劇は史実ではないし、浄瑠璃節で語られる物語ならば、なおのこと史実と離れていくのも当然かもしれません。
 新浄瑠璃と銘打たれているように、太棹の音とともに物語が始まり、浄瑠璃節による語りが入ります。太棹の低音と浄瑠璃の濁った声が陰鬱な物語を進めていきます。

 いくつかの物語が並行して進んでいきます。中には時を隔てたものもあります。最初は廃寺で出会った老婆と若い男とのやりとりから始まります。老婆は大切にひとつの箱を抱えています。彼女は箱の中身のこと、自分の来し方を若い男に語り始めます。
 朝右衛門はタイトルロールで、物語の幹ではありますが、彼自身は幹らしく行動も心もほとんどぶれません。その幹の周りに集まる人々にさまざまなことが起こります。首切り、つまり死刑執行人である彼は「首切りとは、その人の罪を切ること」と心得、いつか首切りの必要がなくなること、死刑廃止を望んでいます。
 井上という牢役人は既に首を切られた男が、実は冤罪であったことを知って、奉行に再吟味を申し立てますが、奉行は間違いがあったことを認めては権威が失墜すると却下します。この冤罪は間違いではなく、手柄を立てたい岡っ引きたちによるでっち上げ。朝右衛門はその岡っ引きたちと奉行の立会いを求めます。この後、井上は朝右衛門に心酔したかのように、彼のもとを訪れるようになりますが、ほんとうのところ朝右衛門の首切りへの思いがわかっていないことが、やがて明らかになります。
 おのぶという若い女は、世間からは忌み嫌われていた刑場で働くことをあえて求めてやってきました。彼女には、人生をめちゃめちゃにされてしまった憎い男がいて、すべての罪人は恐れおののきながら首を切られるべきだと考えています。朝右衛門の「首切りとは、その人の罪を切ること」という思いが理解できません。彼女は冤罪で首を切られた男の遺児のために、乳を与えることになります。

 朝右衛門は自分の思いが理解されないことを知っています。自分の仕事が忌み嫌われていることもわかっています。にぎやかな祭の日には外へ出ることすらしません。そういう挿話はありませんが、近所でお祝いごとがあったときもきっと姿を見せないでしょう。笑うこともありません。人を寄せ付けないわけではなく、人の気持がわかり人にやさしくはしますが、自分からは近づいていきません。離れていく人を追うこともありません。

 やがて、おのぶの憎んでいた男が捕えられ、朝右衛門に首を切られることになります。首切りの仕事に私情をはさんではならないと、朝右衛門はおのぶが立ち会うことを禁じますが、おのぶはこっそりまぎれこみ、男に自分の姿を見せ、おそれおののかせます。それまで虚勢を張っていた男は無残な首をさらすことになります。言いつけに背いたことで、おのぶは自ら朝右衛門の家を出る決意をします。おそらく、朝右衛門はそのまま居続けることを許容したでしょうが、彼女自身がそういう自分を許せませんでした。去る者は追わない朝右衛門ですが、おのぶが祭の日に買ってきたひょっとこの面で珍しく笑ったことを告白します。

 おのぶはさらされていた男の首を見て激しく泣き続けます。それを知った牢屋の下働き仲間たちが、彼女に首を持たせる算段をします。彼女はその首を洗いながら、放浪の人生を送ったようです。そして、最後にかつて世話になったことのある寺に、その首を預けようとやってきましたが、住職はだいぶ前に亡くなり、寺は荒れ果てていました。
 おのぶの話し相手になっていた、若い男に因縁をつけに、ゴロツキらしい男が現れます。二人は匕首を持っての争いになり、間に入ったおのぶはゴロツキの男に刺されてしまいます。素性をきいてみると、この男はかつて彼女が乳を与えた、冤罪で首を切られた男の遺児でした。彼女は男に、この場は逃げて、人生をやり直すように諭します。男が去った後、彼女はひょっとこの面をつけて、祭を楽しむ朝右衛門の幻をみながら、息絶えます。
 禁欲的で孤独な朝右衛門の魂に、おのぶが唯一近づけていたのに、彼女はそのことに気づかないまま離れてしまいました。彼女自身も、朝右衛門家で過ごしていた頃が、人生で最も幸せだったことに、旅の終わりを迎えて深く思い知ったようです。

 捜査官の誤りによるものではなく、でっち上げによる冤罪。死刑についての考え方。時事的な話題が盛り込まれています。赤ん坊が大きくなって、という因果話めいたところは浄瑠璃的といえるかもしれません。
 浄瑠璃的と言い切るために物足りないのは、全体に陰鬱な感じが漂いつづけていることです。重苦しい話の中にも、どこかに笑いやゆったりした感じがある方が浄瑠璃らしい。牢役人・井上の軽さは朝右衛門の孤独を強調しますが、そういう軽薄さではなく、軽妙さがあってほしかった。新歌舞伎も旧来の歌舞伎に比べると陰鬱ですが、そんなところは踏襲する必要ないでしょう。
 
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