「ヴァレンチノ」@日本青年館

 日本青年館の宝塚公演は久しぶりです。前に来たのが何の時だったか思い出せません。3時からの公演を観るために外苑前へ来てみると、タイガースのユニフォームを着た親子連れやカップルが何組か神宮球場へ向かって歩いていました。スワローズとタイガースの試合があるようです。しかし、この暑い中にデーゲームはないだろうと不思議に思っていたのですが、終演後に同じ道を戻ると、もっとたくさんのタイガースのユニフォームの人がいました。早く来た人たちだったようです。それにしても、神宮球場の近くにタイガース・ショップがあるのはスワローズ・ファンとしては複雑です。
 「ヴァレンチノ」は3月に予定されていたのですが、地震のために施設に何か問題が起きて中止になったというものです。この作品は観たいと思っていたので、公演ができることになったのは幸いです。しかし、一週間前まで宙組は東京宝塚劇場で関ヶ原の合戦を戦っていたのに、今週は1920年代のハリウッドですから、出演者はたいへんそうです。およそ20年ぶりのリバイバルということですが、以前の上演を観たことはありません。
 ルドルフ・ヴァレンチノの映画は何本か観たことがあります。パラマウント・スタジオの見学ツァーに行った時に、撮影所内にあった彼のアパート前で、いくつかエピソードも聴きました。無声映画末期の二枚目スターで、31歳の若さで突然に亡くなったこともあり、いろいろと伝説があるようです。その時に聴いた話は、とても宝塚ではできなさそうな話でした。実像はわかりません。伝説上の人物を描くのであれば、宝塚的な美学に基づいた伝説であっても構わないはずです。

 物語は主人公ルディ(大空祐飛)がイタリアから船でアメリカへ渡ってくるところから始まります。この時点では、まだ二十歳前で少年と呼ぶのが似合います。夢は農園でオレンジを栽培すること、そしてその農園にイタリアからママを呼び寄せることです。
 母親思いの少年という一面もあったのでしょう。しかし、数年後の彼はカリフォルニアの農園ではなく、ニューヨークのナイトクラブでジゴロ的な生活を送っています。手を出したのか付きまとわれたのかはともかく、ギャングのジャック(悠未ひろ)の情婦と関わりを持ったことでニューヨークにはいられなくなり、西へと向かいます。
 ハリウッドの撮影所で、エキストラ募集に応じますが、なかなか仕セットにありつけません。空腹のあまり、目についたオレンジの枝に手を伸ばしたことで、彼の運命が動き始めます。オレンジは脚本家ジューン・マティス(野々すみ花)の庭のものでした。彼女は「黙示録の四騎士」の脚本を書いているところだったのですが、その登場人物にラテン系の顔立ちでタンゴを踊るキャラクターを描きたいと考えていたのです。ルディが気に入った彼女は、メトロ映画撮影所のジョージ(春風弥里)に電話をして、翌朝のアポイントメントを取ります。
 「黙示録の四騎士」は当たり、映画スター、ルドルフ・ヴァレンチノが誕生します。ジューンはその後もヴァレンチノ映画の脚本を手がけ、ヴァレンチノのスターとしての地位は固まっていきます。「椿姫」で共演したロシア出身の大女優アラ・ナジモヴァ(純矢ちとせ)も彼を気に入ります。
 ナジモヴァにはナターシャ(七海ひろき)という専属デザイナーがついていました。独特の美意識を持ち、ナジモヴァが出演する映画のセットと衣装を担当しています。彼女の強烈な自己主張に巻き込まれるようにして、ヴァレンチノはパラマウント映画へと移籍し、さらにナターシャと結婚します。大スターをライバルの撮影所に奪われたとジョージはメトロ映画をクビになり、俳優に対する脚本家の思い入れ以上の感情を抱いていたジューンも脚本の仕事を辞め、消息を絶ってしまいます。

 ルディは母親を亡くしたことで、それまで以上に家庭というものに渇望していました。そのために、野心と創作意欲に燃えるナターシャとの間にズレが生じます。撮影現場でも常に我を通すナターシャの仕事ぶりに巻き込まれ、ヴァレンチノの主演作品は大失敗。ふたりの結婚生活も破局を迎えます。史実では、ナターシャの言動が原因で、ヴァレンチノは2年間映画出演ができなくなり、その間に化粧品事業に関わったりもするのですが、まあ何もかも盛り込むわけにはいきません。
 新作映画「シークの息子(熱砂の舞)」宣伝のためにニューヨークへ行ったヴァレンチノは、俳優エージェントをしているジョージを訪ねます。ヴァレンチノは再出発にあたり、再びジョージとジューンの力を借りたいと考えています。ジョージは俳優マネジメントのプロであり、ジューンは俳優ヴァレンチノをプロデュースしてくれた人という思いが、彼にはあるようです。映画界を離れたジューンはロマンス小説を書いているのですが、その主人公はどれも俳優ルドルフ・ヴァレンチノが演じてきたキャラクターを思わせるものです。
 すべてがうまく運びそうになりますが、たまたま入ったもぐり酒場はジャックの息がかかった店でした。かつてのできごとで顔をつぶされたと思っているジャックはヴァレンチノを袋叩きにします。その少し前に、シカゴ・トリビューンの記者とボクシングで決闘するとかしないとかいう騒ぎがあったのですが、そこのところは曖昧なまま、ジャックの手下たちにコテンパンにされてしまいました。
 それでもヴァレンチノは映画のプレミアに姿を現し、ジューンにも会えて、新たな出発に彼女にいてほしいことを伝えます。翌日の再会を約して、ヴァレンチノは笑顔で手を振り、暗がりへと去っていきます。この暗がりが不吉さを感じさせます。
 ヴァレンチノと会ったことで、創作の意欲が高まったジューンはタイプライターに向かいますが、たまたまつけたラジオのニュースでヴァレンチノの死が伝えられます。現実には葬儀や埋葬にあたって、さまざまなトラブルがあり、それが伝説を彩っているのですが、ここでは、現在、ヴァレンチノとジューンの墓が隣り合わせになっている事実が膨らまされています。
 ジューンがタイプライターに向かうと、彼女の庭のオレンジの枝に手を伸ばしたルディ少年の幻影が現れます。

 大空祐飛のヴァレンチノは、イタリアから出てきた母親思いの素朴な少年です。彼の望みはアランチャ(オレンジ)の小さな枝だけ。彼自身の思いよりもジューンやナターシャの願望に沿うことによって、自分でもコントロールできないような映画スターになっていきます。その映画スター像が崩れ、改めて自らの思いで、映画俳優としてやり直そう、歩き出そうとしますが、その先の道は短く、実像はそこで終わってしまいました。母親思いの少年はジューンに母親像を見出し、彼女に甘えるようにして映画スターとして育てられる。再出発後も母親像は抱いていますが、遠いイタリアで亡くなった実の母親の代わりに孝行したいという思いがあるのではないかと感じました。
 死のニュースを聴いたジューンの反応が印象的でした。虚像のヴァレンチノも実像のルディもよく知っているのはごく限られた人だけです。彼女にはルディ少年とラテンラバーのルドルフ・ヴァレンチノの2人の姿が浮かんだのでしょう。素朴な少年の中に多くの人に愛されるルドルフ・ヴァレンチノを見つけたことへの追憶と、同時に本人にもコントロールできない巨大な虚像を作り上げてしまったことへの自責もあったのかもしれません。
 プログラムに作・演出の小池修一郎氏が寄せた文章があって、そこにルドルフとナターシャの物語を軸に書きなおしてみたいということが書かれていました。男女の物語としては、その方が普通かもしれません。それはそれで観てみたいですが、このルドルフとジューンの物語が持つ美も、魅力的なものだと思います。 

ヴァレンティノ [DVD]
紀伊國屋書店
2009-08-22
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ヴァレンティノ [DVD] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



黙示録の四騎士 [VHS]
NECアベニュー(ビジュアル)
1993-08-20
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 黙示録の四騎士 [VHS] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



血と砂 [VHS]
アイ・ヴィ・シー
1993-10-21
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 血と砂 [VHS] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



シーク [VHS]
NECアベニュー(ビジュアル)
1993-08-20
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by シーク [VHS] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル









血と砂 [DVD]
アイ・ヴィ・シー

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 血と砂 [DVD] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

"「ヴァレンチノ」@日本青年館" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント