音楽劇「リタルダンド」@PARCO劇場

 渋谷のパルコには三基のエレベーターが並んでいます。気づいていなかったのか、最近そうなったのかわかりませんが、いちばん左のエレベーターに劇場直通運転という表示がされていました。公演のない時は意味がないので、開場時間くらいから、そういう運転をしているのでしょう。上演中も遅れて来た人くらいにしか必要がないので、開演してしばらくしたら通常運転に戻すものと思われます。
 せっかくの劇場直通運転のエレベーターはちょうど行ってしまったところでしたが、他の二基も直通でないだけで、ちゃんと9階まで行くので、来たのに乗りこむと、タイミングが良かったのか途中で止まることなく9階まで行ってくれました。

 リタルダンドは音楽用語で、中学の音楽の時間には"だんだんゆっくり"と習った覚えがあります。ここでは劇中に登場する音楽雑誌の名前と、あることが"だんだんゆっくり"になってほしいという願いを表す意図があるようです。

 セットはマンションの一室で、ほどほどに乱雑です。舞台左手にピアニストがいて、この演奏でときどき歌が入ります。そこが音楽劇というところでしょう。
 主人公の笹岡(吉田鋼太郎)は音楽雑誌「リタルダンド」の編集長。むろん出版社内に編集部はありますが、しばしばこの部屋で編集会議を開いているようです。この日も部下の女性(高橋由美子)と若手男性(伊礼彼方)、それに学生時代からのつきあいがあるライター(市川しんぺい)がやってきます。起死回生の逆転ホームランを狙う特別号を出そうと彼らは計画しています。
 彼は再婚の新婚で妻(一路真輝)は写真関係のコーディネーターでしょうか。仕事上のつながりで知り合ったようです。前妻は3年前に事故で亡くなり、二十歳を少し過ぎた息子(松下洸平)は父の再婚に反発して家を出て行っています。

 笹岡の仕事は、昔のように雑誌が売れないので順調とは言えません。また、身体にも変調を感じています。仕事のアポイントメントをすっぽかしてしまったり、同じ本を何冊も買ったり、物忘れがひどいという程度では済まない状態です。妻の母親がアルツハイマー性痴呆症で、専門の施設に入れるという話が進んでいることから、症状には心当たりがあります。夫婦で検査に行き、かなり進行した状態の若年性アルツハイマー症であると診断されます。
 薬で症状の進行を少し遅くすることができるかどうかというくらいで、治療法はありません。会社へ出ると様子がおかしいことを知られてしまうので、自宅を第二編集部として、特別号だけは何とか完成させようと彼らは動き出します。編集部員の2人やライターとは仕事上のことだけでない絆があるようです。妻が息子に連絡して、彼はマンションへやってきますが、反発状態は続いたままです。
 笹岡家に集まってくる人達のほとんどは、それぞれ動機や表現のしかたは違いますが、何とか彼の力になろうとしています。唯一の例外は妻の兄(山崎一)で、来るたびに妹と別れてくれと騒ぎたてます。妹への溺愛度が高過ぎるきらいはありますが、彼の母親がアルツハイマーのために人格がどうなっていくかを知った上で言っていることで、妹が苦労するのを見るに忍びないという意図を悪意と言うことはできません。
 善意が積み重ねられても、症状の進行は止められません。やがて、妻を前妻の名前で呼ぶようになります。おむつが必要な状態になります。だれのことなのかがわからなくなってしまいます。会社にも病状が知られ、特別号は中止という指示が出てしまいます。妻の母親が亡くなり、兄の介入も強硬になります。誰の心も折れてしまいそうです。

 前に観た、朗読劇「私の頭の中の消しゴム」も同じ若年性アルツハイマー症の物語でした。話の要素は基本的には同じです。治療法のない病気、症状の進行で人格が壊れていく、相手のことすらわからなくなってしまう。どちらにもそこら中にメモを貼っていくところがありましたが、おそらく実際にそういうことをされる方が多いのでしょう。
 治療法のない病気なので、大きな救いはありえません。人格の壊れていく笹岡から離れていく人がいたとしても、責めることはできないでしょう。あえて残ろうとする人達が求めるのは、どんな小さなことでもいいから、自分のことを認識してくれている何らかの証のようです。その証を見つける小さな救いが結末となります。「私の頭の中の消しゴム」はふたりだけの物語だったので、いたってシンプルでしたが、こちらは人数の多い分、少し入り組んでいます。妻と息子との和解があったり、会社と自分と仕事との関係との見直しがあったりもしました。劇ならこうした結末がありますが、現実なら病気の進行は止まりません。

 大団円の直前に、地震がありました。かなり強い揺れがあり、しばらく小刻みに揺れ続けていました。一瞬息をのむような間があり、「地震?」というささやき声が聞こえたりはしましたが、舞台はそのまま進行し、客席もだれひとり立ち上がることなく、舞台を注視し続けていました。こうした病気ではなくても、いいことも悪いことも何が起こるか誰にもわかりません。
 震災の後で漠然と考えていることですが、日々の暮らしはこうした小さな救い、小さな幸福感の発見を積み重ねることで、生きる意欲、病気や災厄と闘う活力が生まれるのかもしれません。

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