「33の変奏曲」@ル・テアトル銀座

 「33の変奏曲」は、この劇場がセゾン劇場という名前だったころから続いている"黒柳徹子主演 海外コメディ・シリーズ"の第24弾として選ばれた作品です。ロビーに21世紀に入ってからのポスターが展示されていましたが、残念ながら観た記憶はありません。マリア・カラスを主人公にした「マスタークラス」を観たのは、それよりさらに前のようです。今回の「33の変奏曲」は、2009年にジェーン・フォンダの主演で、ブロードウェイで上演され、トニー賞にもノミネートされました。その時のジェーン・フォンダの役を黒柳徹子が演じるということです。

 タイトルの"33の変奏曲"は、ベートーヴェン(江守徹)の「ディアベリ変奏曲」のことです。この曲は、18世紀前半の作曲家、楽譜出版者のアントニオ・ディアベリ(大森博史)が、自作のワルツ曲を主題にした変奏曲を、当時活躍していた50人の作曲家に依頼したことから生まれたものです。ほかの作曲家たちは1曲つくっただけでしたが、ベートーヴェンだけは33曲も作った。なぜなのか。それが、この物語の第一主題です。

 キャサリン・ブラント博士(黒柳徹子)は音楽理論学者で、長年にわたってベートーヴェンの研究を続けてきました。次のテーマとして選んだのが、「ディアベリ変奏曲」の謎です。モーツァルトについての論文を書いた時には、モーツァルトは頭の中だけで作曲した人だからと、ヨーロッパへは行きませんでしたが、ベートーヴェンは紙の上で作曲した人だからと、彼が書き残したものが保存されているボンへ向かおうとしています。
 問題は彼女の健康状態です。最初はぼやかしてありますが、身体の一部が麻痺する病気のようです。娘のクララ(朴璐美)は心配していますが、彼女には意気は軒昂な母親を止められません。この母と娘との関係を第二主題と言ってもいいでしょう。キャサリンは、ベートーヴェン・ハウスの司書ゲルティ(李麗仙)の協力で、楽譜やスケッチなど資料の調査にあたります。
 舞台の上では、現代のキャサリンたちの物語と並行して、変奏曲に取り組むベートーヴェンたちの物語が進んでいきます。ベートーヴェンの孤高さ、というと聞こえがいいですが、作曲のために周りのすべてを犠牲にすることを厭わない姿勢は、傲慢とも言えます。しかし、"すべて"の中には彼自身も含まれています。秘書シンドラー(天宮良)もディアベリも、ベートーヴェンに振り回されながら、彼の音楽のために献身的に動きます。

 キャサリンの健康状態が悪化し、クララは恋人で看護士のマイク(植草克秀)とともにボンへ向かいます。観客とゲルティには隠されていたキャサリンの病名がALSであることが明かされます。筋肉が徐々に麻痺していって、最後には呼吸筋の麻痺で死に至る病で、治療法はありません。非常に珍しい病気と説明されていましたが、「モリー先生との火曜日」のモリー先生の病気もこれであったし、著名人でこの病気に苦しむ方のことがニュースで取り上げられたこともありました。キャサリンは自分に残された時間がそう長くはないことを知っていて、病気とそして死の恐怖と闘いながら、ベートーヴェン研究をライフワークにしていた彼女にとっておそらく最後のテーマになる「ディアベリ変奏曲」の調査と論文に取り組みます。
 この変奏曲に取り組んでいた時期のベートーヴェンも人生終盤の苦闘の最中でした。ずっと弱っていた聴力がついに失われ、健康状態も悪化。経済状態も悪く、ディアベリの注文通りに変奏曲をひとつ渡して、50人の作曲家との合冊で出してもらうこともできましたが、そういう妥協は拒否。史実はどうかわかりませんが、ここでは33の変奏曲が難航したのは、曲想は豊潤に広がったけれども、組曲としての構成をどうするかに苦しんだとされています。

 キャサリンのもうひとつの気がかりは娘クララのことです。キャサリンはずっと研究に没頭していて、娘が幼いころから、よくいえば大人扱いしてきました。そのためクララは母親に甘えること、近づくことに躊躇してしまいます。また母親としてはクララの、才能はあるのにひとつのことに腰を据えようとしない生き方が心配でなりません。いまさら接し方を変えることもできず、キャサリンは命を削りながら研究に打ち込む姿を見せます。
 ベートーヴェンは、ついに変奏曲構成の構想をまとめます。健康状態の悪化していたベートーヴェンですが、まさに命を削るようにして、自分の持つ作曲の技法、音楽・芸術についての考え方のすべてを盛り込もうとします。ディアベリの原曲は原型をとどめないほどに変わっていますが、ベートーヴェンの集大成として完成されます。二百年の時を隔てていますが、キャサリンとベートーヴェンの生きる姿勢が重なっていきます。

 最後に残った疑問は、なぜディアベリの言ってはなんですが、どうということのないワルツ曲がそれほどまでにベートーヴェンを触発したのかということです。何気なくそのメロディを口ずさんでいたクララに、キャサリンが問いかけます。なぜ、その曲を口ずさむのか。答えはごく単純なもので、楽しい、リズムがあるということでした。つまり、音楽の原点があったということではないか。だから、晩年のベートーヴェンはそこを出発点に、変奏曲という形で、未来へ向けて音楽のさまざまな可能性を示したのではないか。赤ん坊のように単純なゼロからスタートして、最初のうちはわかりやすい変奏。やがて複雑な技法、思索を深めた内容に変わっていく。音楽技法の進歩と人生とを重ねているのではないか。32番目までは、そうした構成で進んでいきます。
 論文が完成した後、天国と地獄の間にいるというベートーヴェンがキャサリンを労いに訪れます。天国と地獄の間というのは、現世でしょうか。ベートーヴェンの音楽は今でも生きています。変奏曲の最後は、それまで重厚で荘重なものが続いていたのが穏やかなメヌエットで締めくくられます。

 ニューヨークでの帰朝報告会で、キャサリンの研究が発表されます。最初は彼女自身のプレゼンテーションですが、やがてクララが引き継ぎます。最後に、キャサリンはボンで亡くなり、埋葬されたことが語られます。クララはキャサリンの、死を目前にしながら自分の研究の完成を目指した生きる姿勢も引き継ぐのでしょう。すべてが終わると、音楽は交響曲第9番の「歓喜の歌」になります。


 音楽はすべて、舞台上のピアノで生演奏されます。変奏曲が演奏される時には、その番号も表示されます。順番通りではなく、同じ変奏曲が何度か演奏されることもありました。観ている時は気づかなかったのですが、全部で33の場面数になっているそうです。3づくしということもないでしょうけれども、上演時間は3時間をちょっと越えるくらいでした。ブロードウェイのストレートプレイで、3時間越えはまずない(「氷人来る」は3時間越えでしたが、それはかなり異例)ので、説明していることが多い分、翻訳で長くなったのでしょう。音楽と場面がかわることの効果でか、それほど長いとは感じませんでした。
 黒柳徹子は冒頭では、入歯の具合がよくない時特有のモゴモゴ発音がありましたが、身体の麻痺が起こっているという設定のためかと思いながら聴いていました。話が進むにつれて気にならなくなったのは、慣れたせいでしょうか、入歯が合ってきたのでしょうか。たぶん両方で、キャサリンという人物がそういう人だと思えてきたことが大きいのでしょう。

 ところどころに垣間見えるキャサリンの人間的な弱さと、その対極にある強い情熱をもって研究に取り組む姿勢。並行して描かれる、スープを楽譜にこぼすベートーヴェンの人間的な弱さと、その対極にある強い情熱をもって音楽に取り組む姿勢。それぞれの人生単独でもひとつのドラマになりますが、二百年を隔てた二人の人生を変奏曲として重ねたことが、この作品の魅力でしょう。
 変奏曲は原語ではvariationです。辞書で引くと「変化」という訳語が出てきます。2幕のはじめにキャサリンが「変容」ということについて語りますが、たぶんこの原語もvariationでしょう。この作品は、変奏曲variationの誕生の謎に迫る過程を描いていますが、variation変容そのものの物語であるとも言えそうです。

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