「イリアス」@ル・テアトル銀座

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 トロイア戦争の末期を描いたホメロスの叙事詩を舞台化したものです。家に昭和36年刊の筑摩書房世界文学大系「ホメーロス」があって、観る前に読んでみようかと思ったのですが、全集によくある小さな字の三段組みで三百ページくらい。しかも、聖書の創世記のように人名(神名)がたくさん出てくるのと、"…である"で終わる文が続くのが、なんとも読みにくく、早々に断念。観た後で思い出した阿刀田高「ギリシア神話を知っていますか」「ホメロスを楽しむために」の解説には、なるほどと思うことが多々ありました。

 ホメロスは叙事詩を書き残したわけではありません。彼が視力を失った人であることもありますが、戦をうたった叙事詩は口伝が基本だったのでしょう。「平家物語」を琵琶法師が語ったのと同じことです。
 「イリアス」の物語は、十年続いたトロイア戦争の、十年目に入った、ある一日から始まっていること。舞台は、そこのところに忠実に脚色されていたわけです。また、「イリアス」ではギリシアの神々の争いを、人間たちが代わって戦う物語となっている。そのために、19世紀にシュリーマンがトロイア遺跡を発掘するまで、これは現実にあったできごとではなく、トロイアは神話上の架空の国、トロイア戦争は伝説だと考えられていたのでしょう。

 舞台の「イリアス」も、神話としての色合いを出しながら、戦の物語が進んでいきます。神話らしさは、神の言葉を預かる王女カサンドラ(新妻聖子)の歌声が作り出しています。超高音、超低音は神々と話すための声と聞いたことがありますが、まさにそういう歌声でした。小柄な人なのに、舞台上で神の言葉を歌っている時はとても大きく見えました。余談ですが、カサンドラが未来を知る能力を得たのは、アポロンの誘惑を受けた時ですが、何を間違ったかアポロンは彼女を抱く前にその能力を与え、カサンドラはその能力によって未来を知り、アポロンから逃げ出してしまいます。怒ったアポロンは、だれもカサンドラの預言を信じないように呪いをかけたということです。

 人間の主人公はアキレウス(内野聖陽)です。正確には人間と女神との間に生まれた子となっていますが、実際には、それだけの豪傑だったということでしょうか。トロイア戦争の英雄ではありますが、彼が戦争を起こしたわけではなく、終わらせたわけでもない。ただ、最も激しく怒り、最も激しく嘆く人物です。こういう人物を主人公にするところが、「イリアス」の眼目と思われます。

 圧倒的な戦力の差はあるのに、十年経ってもギリシア連合軍はトロイアを攻め落とせません。ひとつの原因は、これがそもそもは神々の争いであるからです。神々の気まぐれを含んだ思惑、それに大きな力を持ったゼウスがトロイアに味方しているために、戦況は膠着しています。そんな時に総大将アガメムノンがアキレウスの愛妾を奪ったことで、二人は仲違いします。怒ったアキレウスは戦闘を放棄。オデュッセウスの説得にも応じません。親友パトロクロスと竪琴を弾いています。
 アキレウスを再び戦場に駆り立てたのは、パトロクロスがトロイアの王子ヘクトルにより惨殺された上に遺骸を辱められたことへの激しい怒りでした。王子たちを含め、トロイアの戦士たちを次々と斃し、最後にはヘクトル。ヘクトルの遺骸をパトロクロスの遺骸よりも、さらにひどい扱いをします。アキレウスにとっては、愛妾より親友への思いの方がはるかに深かったようです。
 わが子を悉く殺されてしまったトロイア王プリアモスが、ひとりアキレウスを訪ねてきて、ヘクトルの遺骸の返還を求めます。怒りの激しさはすべての情の濃さなのか、王がひとりで来たことに感じるところがあったアキレウスは、遺骸を返し、葬儀が終わるまでは休戦することを約束します。

 「イリアス」の物語はここまで、トロイの木馬の話も、かかとを射られたアキレウスの死も、すべて後日談として、カサンドラたちの歌で語られ、舞台は締めくくられます。

 原作には、多くの人の名前、神の名前が出てきますが、この舞台にはアキレウス(内野聖陽)、オデュッセウス(高橋和也)、アガメムノン(木場勝己)、ヘクトル(池内博之)、パトロクロス(チョウソンハ)、プリアモス(平幹二朗)、カサンドラ(新妻聖子)、アンドロマケ(ヘクトルの妻・馬渕英俚可)だけ。あとは5人のコロスがさまざまな人物や神々を演じたり、歌うことで表現されます。プリアモスの妻ヘカベ、トロイア戦争の原因になったヘレネとパリスなど話だけしか出てこなかったはずなのに、舞台に登場していたような錯覚がありました。

 ロビーに掲示されていた上演予定は12時開演で休憩20分を挟んで、15時10分終演。少し開演が遅れたこともあり、実際に終わったのは15時25分でした。ほぼ正味で3時間あったことになりますが、物語の転換点でパートタイトルが表示されるなど、切り替わりがはっきりしていたからか、腰はともかく頭では、さほど長さを感じませんでした。出てくる人々がみな強烈だったこともあるかもしれません。怒るアキレウス、嘆くプリアモス、歌うカサンドラ、冷静な(諸行無常、盛者必衰を悟った諦念のためか?)アンドロマケが特に印象的でした。



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