ナショナルシアター・ライヴ「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」

 ナショナルシアターライヴ「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」休憩中。有楽町か川崎かちょっと考えたが、ポイントがつく川崎に来た。周囲に外国人のグループがいるのだが、引率者らしい大人の男性がひとりいるのはいいとして、引率されているのはどうも十代前半の子供たち。いくつかのセリフには、かなりショックを受けたような反応をしていた。

 本編が始まる前に、劇場の紹介とエドワード・オールビーとはどんな劇作家なのかの解説があった。"3行で紹介できるようなストーリーはくだらない"という本人の言葉があったがストーリーだけなら1行で説明できなくもない。

"結婚23年になる大学教員夫婦が延々と互いを罵倒しあう。"

 解説ではその罵倒をボクシングに喩えていたが、ボクシングのようにルールのある殴り合いで、越えてはいけない一線がある。セコンドとは違うが、この夫婦の家に、その日のパーティーで紹介されたばかりの若い夫婦が訪ねてきて、この訪問客はボクシングに巻き込まれる。

 家の居住者である夫婦も、訪問客の若い夫婦も、話しぶりはいちおう筋が通っている。筋が通っているからといって、事実かどうかは何とも言えない。真実かどうは、もっとわからない。どこかが変だとは思っても、どこがどう変なのかを指摘するのはむつかしい。そういうやりとりがエスカレートしながら延々と続く。罵倒の内容が事実だとしても、罵倒の真意がどこにあるかはまた別の話。

 2幕が終わったところで、言い争いはいったん終わる。ここで、すべてを終わりにすると破綻した夫婦が罵倒し合うだけのように見えてしまう。3幕で訪問客の存在理由と罵倒ボクシングのルールが明らかになって、2幕までよりも過酷な罵倒がなされる。
 罵倒の内容が事実かどうかはあまり意味はなくて、意味があるとすれば言い合いという行為を続けることなのだろう。
 
 2005年にブロードウェイ・リバイバルを観たことがある。その時はビル・アーウィンのジョージ、キャスリン・ターナーのマーサだった。ジョージとマーサはアメリカ初代大統領の名前から取ったというが、意図はひとつではないだろう。来訪者の若い夫婦の名前はニックとハニー(Honey)とつけられているが、ニックの名前はほとんど呼ばれず、ハニーは名前なのかHoneyの意図なのかどちらとも受け取れる。
 日本語での上演は観たことがないのだが、あの歌はどうしているのだろう。知られている日本語歌詞に何とかして合わせているのか、新たな日本語歌詞を作っているのか。


 エドワード・オールビー作品は、謎の生き物が現れる「海の風景」、ありえない相手との不倫の恋の告白から始まる「山羊」などを観たことがある。いずれも言っていることと真意とは合っているとは限らない。
 「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」では2幕まではわからなかった真意が3幕で少し見えて、疵口をえぐるようなものであっても、結末はむしろ救いになった。「山羊」の結末の方が非道で、救いがない。








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