「二都物語」@帝国劇場

 チャールズ・ディケンズの小説をミュージカル化した舞台です。ディケンズの作品は「オリバー!」「クリスマス・キャロル」「エドウィン・ドルードの謎」などブロードウェイの舞台にかかっているものが多く、「二都物語」はブロードウェイでは初めてですが、宝塚で上演されたことがあり、他にもいくつかの作品がミュージカル化、舞台化されています。ディケンズだからなのか、ディケンズに限らず19世紀の文学作品のミュージカル化が多いということなのか、興味がわいてきます。

 原作を読んだのは、だいぶ前ですが、久しぶりに引っ張り出してみました。ついでに、図書館で原語版を借りてきました。冒頭部分が気になったからです。新潮文庫の中野好夫訳では、こうなっています。

 それはおよそ善き時代でもあれば、およそ悪しき時代でもあった。知恵の時代であるとともに、愚痴の時代でもあった。信念の時代でもあれば、不信の時代でもあった。光明の時であもあれば、暗黒の時でもあった。

 以下、対比がいくつか続きます。原文だとこうです。

It was the best of times, it was the worst of times, it was the age of wisdom, it was the age of foolishness, it was the epoch of belief, it was the epoch of incredulity, it was the season of Light, it was the season of Darkness,

延々とピリオドがつかないまま、対比が続けられます。この冒頭部分はよく知られているようで、コンサート版の映像では、プレゼンテーターのマイケル・ヨークが暗誦しています。イギリス人にとっては「いづれの御時にか女御更衣あまたさぶらひたまひける中に…」みたいなものなのでしょうか。余談ですが、チャールズ・チャップリンの兄の名前はシドニー。確かめるすべはありませんが、19世紀終盤に生まれた兄弟の名前が「二都物語」から取られたということはあるかもしれません。

 「二都物語」の"二都"は、ロンドンとパリと考えて間違いはないのですが、原作の冒頭に並べられている、さまざまな対比のことでもありそうです。"物語"は原語では"tale"で、使い分けはよくわかりませんが、現実的な物語を描くよ「りも魔法が使われたり、歴史上の大きな出来事が描かれることを意味するようです。「二都物語」の場合は歴史上の大きな出来事はフランス革命というです。物語は、革命前のフランスです。貴族など支配階級の暴虐と専横に民衆たちが怒りを募らせていくところから始まります。
 いちおう主役はシドニー・カートンという弁護士なのですが、彼はなかなか登場しません。1幕の主役は彼よりも、革命へと向かう民衆のように見えます。座って、静かに編み物をしていたマダム・ドファルジュが立ち上がった時、抑えられていた民衆の怒りに火がつきます。この時点では、彼らの怒りに共感できます。シドニーは民衆の狂騒的なエネルギーに圧倒されて、なすすべがありません。一幕最後のナンバーは民衆の蜂起で、シドニーはその場にいるのですが、あくまでも傍観者、彼は形式上の主役かとも思いました。
 2幕に入って、民衆の怒りが暴走を始め、共感を持てなくなってきたところで、主役としてのシドニーが見えてきます。孤独で酒びたり。子供の頃から家族に恵まれず、人を信じない、神を信じない、おそらく自分自身も信じない。それはすべて裏返しで、本当は信じたいのですが、諧謔に隠して本心は見せません。
 ところが、ルーシー・マネットという女性にだけは、彼は本心を隠し通すことができません。幼い時から家族に恵まれず、人生を酒で流してしまおうとしていた彼にとって、ルーシーは片思いの恋人であり、母親でもあり娘でもあり、兄弟の妻でもあるようです。彼女によって、シドニーは、それまでの人生に存在しなかった"愛する"家族がもたらされる。彼の決断は共感しがたいのですが、ルーシーとその家族は、シドニーにとってかけがえのないもので、それを守ろうとした、と解することはできそうです。
 そういう存在だと考えると、ルーシーは、現実の女性とは思えない、シドニーの人生を変える魔法で生み出された存在に見えてきます。だから、子供として登場し、ちょっと袖に消えただけで成長の過程抜きにいきなり大人になっている。結婚してすぐに赤ちゃんを抱いて出てきて、その子もすぐに大きくなります。彼女のソロナンバー"Never Say Goodbye"だけが、フランク・ワイルドホーンの作曲(宝塚の「ネバー・セイ・グッドバイ」の主題歌として書かれた曲)で、他の曲と違う、やや浮き上がった感じになるのも、ルーシーが特別な人間ということとつながるとも考えられます。

 シドニーの最後の選択は自分の生命を投げ打つ決断なので、現実ではない物語の主人公といえども、迷いがあったでしょう。彼の迷いは、お針子と出会い、なぜ自分が処刑されるのかわからないという彼女の疑問に答えたことで、断ち切られます。原作、はシドニーの独白で終わっています。

 「今僕のしようとしている行動は、今まで僕のした何よりも、はるかに立派な行動であるはず。そしてやがて僕のかち得る憩いこそは、これまで僕の知るいかなる憩いよりも、はるかに美しいものであるはずだ」

 舞台のシドニーは処刑台の階段を上っていきます。当時の処刑は一種の見世物でもあったので、高い位置にあっても不思議はないですが、絞首台ではなく断頭台なので、あそこまで高くはなかったのではないか。また、見世物であるがゆえに処刑は暗くなる前に行われるはずです。高いところに上がり、星の光に包まれたのは、何よりもはるかに美しい、彼がかち得た憩いに違いありません。

 ミュージカル「二都物語」にはブロードウェイでの公演がうまくいかなかった後に、イギリスでコンサート版のために脚本が書きかえられ、曲の差し替えも行われたという経緯があります。このディケンズらしい、正しく生きること、美しく生きることの価値を描いた物語のミュージカル版は、まだ成長過程にあるようです。上演を重ねることで、作品が成熟していくことに期待したいところです。「オリバー!」や「スクルージ」のように。


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