「壁抜け男」@四季劇場「秋」

 東京では6年ぶりの上演ということですが、私が観るのは初めてです。ブロードウェイで上演された時の"Amour"のCDがあるので、曲は何度か聴いたことがあります。ミシェル・ルグランらしいというか、とにかくブロードウェイやロンドンとは明らかに違うフランス風味です。原作もフランスの小説なので、物語の進み方や登場人物たちのものの考え方も、ブロードウェイやロンドンとは明らかに違います。

 時は1947年、主人公デュティユルは郵便局員です。同僚たちが何人かいますが、彼とはさまざまな意味で一線を画しています。政治的な志向、働くことについての考え方、人生、彼は職場で浮いた存在のようです。その彼が、突然壁を通り抜ける能力を身につける、あるいは自分にその能力があることに気づきます。
 壁を抜けられる。壁を抜けられるようになったデュティユルが最初に考えるのが、自分を護る壁がなくなったことへの不安なのが面白い。壁とは何なのでしょうか。デュティユルにとっては自分を護るものというのが第一のようですが、自分を閉じ込めるものという捉え方もあります。むしろ、そう考えられることが多いのではないでしょうか。比喩的に「壁」と言った時、たいていの場合、壁とは越えたい破りたい抜けたいものとなるように思います。
 デュティユルはまず医者に相談します。医者は大して驚きもせず、薬を出して、「女には気をつけろ。本気で惚れたら壁から抜けられなくなる」と警告します。デュティユルは能力のことを忘れて、平凡に生きようとしますが、理不尽な上司を驚かそうと、いたずらのように使ってしまったのがきっかけで、もっと能力を使ってみたくなります。平凡な人間なら、異常な能力が自分にあると知ったら、それを使ってみたくなる気持を抑えることはできないでしょう。
 しかし、ビルの壁や部屋の壁を通り抜けられるとして、犯罪に便利なことを除くと、どんないいことがあるでしょうか。デュティユルはパンを盗んでみますが、実際にパンを手にすると、とても食べる気持にはならない。宝石を盗んで、怪盗として名を上げてみても、平凡な自分とかけ離れたものとしか思えず、気持は満たされません。
 そこで「女には気をつけろ」という警告。イザベル(樋口麻美)という女性に惹かれ、彼女に自分を知ってもらいたいという思いが募ります。こうして、シンデレラの12時のような、おとぎ話によくある魔力の効果への条件を破ってしまって、主人公は壁に閉じこめられることになります。この壁は部屋の壁であり、比喩的な壁でもあります。彼は壁からは出られませんが、イザベルの心を得ているので、デュティユルの気持は満たされていると言えそうです。 原作は1943年に書かれたものなので、壁の中にいても、心は自由ということかもしれません。



壁抜け男~恋するモンマルトル
EMIミュージック・ジャパン
2000-04-12
劇団四季
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 壁抜け男~恋するモンマルトル の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



壁抜け男 (異色作家短篇集)
早川書房
マルセル エイメ
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 壁抜け男 (異色作家短篇集) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



Amour (Broadway Premiere Recording)
Ghostlight
2005-05-17
Amour
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by Amour (Broadway Premiere Recording) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック