「キネマの天地」@紀伊国屋サザンシアター

 観に行った日の翌日、蒲田駅前の図書館へ行って文藝春秋刊の戯曲を借りてきました。別に蒲田まで行かなくても、もっと近いところの図書館にもあったのですが、これも一種の趣向です。外へ出て、ページを広げてみようとしたら、JRの蒲田駅から発車メロディーの「蒲田行進曲」が聴こえてきました。部隊の幕開けと同じ曲です。
 余談ですが、「蒲田行進曲」は日本の曲ではなく、1925年にブロードウェイで上演されたオペレッタ、"The Vagabond King"の一曲です。
http://youtu.be/wXEQtnN5n84
 さらに余談ですが、つかこうへいの「蒲田行進曲」は東映京都の撮影所の話で蒲田は出てきません。そして、この「キネマの天地」も松竹蒲田撮影所は話には出てきますが、舞台設定は築地の東京劇場の舞台上です。図書館で借りてきた本の表紙には25年前に日生劇場で初演された時に使われたPR用写真が載っています。本には載っていなかった配役を調べてみたところ、映画監督・小倉虎吉郎:佐藤慶、助監督・島田健二郎:京本政樹、大部屋俳優・尾上竹之助:小沢栄太郎、新進スタア・田中小春:斉藤とも子、ヴァンプ女優・滝沢菊江:夏木マリ、おかあさん女優:徳川駒子:光本幸子、大幹部女優・立花かず子:加賀まり子ということでした。

 物語は山田洋次監督の同名映画の後日談となっています。映画では小倉監督(すまけい)、島田助監督(中井貴一)、田中小春(有森也美)が主要人物で、小倉監督の作品に田中小春が大抜擢されていました。
 東京劇場の舞台で島田(古河耕史)が装置を動かしたり、照明を入れたりしているところへ、田中小春(大和田美帆)がやってきます。既に何本もの作品に出演してきた彼女は、新作で自分のアップの数が減ってしまったことに文句をつけ、島田がそれをなだめたりします。
 続いてヴァンプ女優の滝沢菊江(秋山菜津子)、おかあさん女優の徳川駒子(三田和代)、大幹部女優の立花かず子(麻実れい)がスタアとしての序列順に、衣装と登場のしかたを派手にしながら現れます。4人が集まった理由は、小倉監督(浅野和之)の次回作にして、松竹が空前絶後の予算をかけて製作する超特作「諏訪峠」の顔合わせのためと4人は思っています。スタア同志の意地の張り合い、当てこすりの言い合いをしているところへ小倉監督が現れます。
 小倉監督の話は4人にとって意外で不快なものでした。意外の理由は「諏訪峠」の話はそれはそれであるのですが、その前に、この東京劇場で一年前に上演されて評判を呼んだ「豚草物語」の再演をしたいのだということ。不快の理由は、その「豚草物語」は舞台稽古中に小倉監督の妻・松井チエ子が急死したいわくつきの作品だからです。スタアたちが意地の張り合いの一環として、膀胱炎自慢をした末に4人揃ってご不浄へ立ったところへ、大部屋俳優の尾上竹之助(木場勝己)が現れます。
 ここから話はミステリ仕立ての展開になります。松井チエ子の死は実は毒殺で、その場に居合わせたのは先刻の4人。「豚草物語」再演版の稽古にかこつけて、調べ上げた証拠をつきつけて、誰が犯人なのか見つけてやろうというのです。この先は、起承転結というより鮮やかな起承捻転。終わったと思った後にも、さらに捻りがあり、展開を知らずに観ることができたのが幸福な芝居でした。

 スタア女優たちの意地の張り合いには、彼女たちの気の強さだけでなく、スタアであることの苦労や苦悩が現れます。膀胱炎になるのは人目があるとトイレにもめったに行かれないため。強いライトにさらされるために失明寸前にまで目を傷めてしまう。膀胱炎や目を傷めることをスタア女優の勲章とまで言い切るのは、井上ひさし流の諧謔だとは思いますが、そうした共通点から最初のうちは、いかにも仲が悪そうだった4人が次第に結束を固めていきます。
 また、随所で"演ずる"ということについても、それぞれの哲学が語られます。映画と舞台の違いなどにも言及されますが、突き詰めると"演ずる"とは、虚を積み重ねることで真を導き出すということのようです。舞台の上で居眠りをする場面がある俳優が、本当に居眠りをしてしまった時のエピソードが語られたりもしますが、真実を表現しようという時に、必ずしも本物が有効とは限らないということでしょうか。真に対しては通常は偽ですが、ここで求められるのは偽ではなく虚です。禿鬘を無くした時に、ツルツルに剃っても禿鬘の代わりにはならないのです。そして、物語全体も虚の積み重ねで真が導き出されるものとなっています。

 25年ぶりの上演は、間が空きすぎということもできますが、この虚々実々の起承捻転は、そのくらいの時間を空けて、前に観た時のことを忘れていないと、真価に近づけないのではないかという気もしました。
 終演後に、自転車を出そうとしていたら、目の前を麻実れいさんが通っていかれました。立花かず子は麻実れいさんの偽ではなく虚の積み重ねで作り上げられた真でした。


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