「父と暮せば」@紀伊國屋サザンシアター

 前日の気温が夜の間にもあまり下がらず、朝から暑い一日でした。各地でこの夏最高の暑さ、ところによっては観測史上最高の暑さを記録したということです。都内も一日ずっと暑く、かなりまとまった量のスポーツドリンクを持ち歩いていたのですが、家に帰るまでに全部飲んでしまいました。現代の東京ならば節電でエアコンが弱めにされていたり、停められていたりするところはあるにしても、どこか涼しくなっている逃げ場は見つけられるでしょう。少なくとも十分に冷えた飲み物を買うことくらいはできます。しかし、昭和23年8月の広島はどうだったでしょう。

 「父と暮せば」は原爆から3年後、昭和23年夏の広島が舞台です。主人公の福吉美津江(栗田桃子)は昭和と同じ年齢で、女子高等師範学校を2番の成績で卒業し、今は市立図書館に勤めています。舞台上の建物が屋根も壁も穴だらけなのはリアルなわけではないと思いますが、雨漏りもひどいし、たぶん隙間風も入ってくるでしょう。物語はここに住む美津江とその父親で娘からおとったんと呼ばれる竹造(辻萬長)との対話で進んでいきます。ごく自然にふたりの会話は行われますが、その内容から早い段階で竹造がこの世の人ではないことがわかります。
 美津江は明朗快活で何も怖いものなどない娘でしたが、いまは雷をひどく怖がります。図書館では笑うこともなく、利用者に対しても規則通りの対応をするだけで愛想も何もありません。ところが、原爆の被害を調べているという青年・木下が彼女に原爆の資料を探していると問いかけてきた時、なぜか彼女は資料がない理由を丁寧に説明し、できるものなら自分たちで集めていきたいとまで話してしまいました。その日から木下は時折図書館へやって来て、そのたびに彼女に話しかけ、おみやげにと闇市で買ったまんじゅうを持ってきたりします。傍から見れば、若い男女それぞれに恋心が芽生え、しごく不器用に距離を縮めているところに他ならないのですが、竹造からそう言われた美津江は頑なに否定します。
 美津江はいろいろなところで頑固になります。以前に決めたことを変えることを強く拒みます。やがて、それは亡くなった人たちと決めたことであることがわかります。そして、木下青年とのことも、自分には幸せになる資格がないのだからと何とか離れる理由を見つけようとします。竹造が諭そうとすると、なぜ生きているのかわからない、でも自ら死ぬ勇気もないと、心の奥にあるものを話しだします。
 彼女が助かったのは、核爆発の瞬間、たまたま落とした手紙を拾おうと身を屈めたからでした。手紙の相手は女学校時代からの親友で、彼女はひどい亡くなり方をしました。親友の母親はおそらく真意は「なぜうちの娘が死ななければならなかったのか」だろうと思いますが、娘を亡くしたショックと原爆症のために取り乱したためか「なぜあなたが生きているのか」と彼女に言い放ってしまいます。その言葉が心に深く刺さっています。
 美津江が死にたい、幸せになる資格はないというのは嘘ではありませんが、生きたい、幸せになりたいという気持もまた本心です。木下が集めている原爆の被害の証拠となる品物を預かることにします。オート三輪でまず半分が運ばれてきます。残りの半分を運んでくる間に、竹造は風呂を焚き、美津江は氷や冷やしたビール、食べる物の支度にかかります。美津江は竹造に木下から夏の間に故郷の岩手県へ帰るので、その時いっしょに来てほしいと言われたことを話します。竹造は喜び、美津江もそのつもりでいましたが、運び込まれたお地蔵さんの頭を見て動揺します。置手紙をして、木下の戻って来ないうちに出ていこうとします。
 親友の死も多くの知人の死も大きな打撃でしたが、何よりも父・竹造を残して逃げなければならなかったことが深い傷となって、自分を罰せなければならないという思いにつながっていたのでした。昭和20年8月6日の朝、美津江は出かけるところで、その瞬間には門の近くまで出ていました。しかし、竹造は家の中にいて、倒れた家の柱に挟まれ動けなくなっていたところへ火が燃え移ってきていたのです。助けを呼んでも、どこも同じような状況だったのでしょう、だれも応えてはくれません。「はだしのゲン」も同じような状況で、炎に呑まれる家族を残していかなければならなかったと記憶していますが、つまり美津江と竹造の家、ゲンの家だけでなく広島じゅうで同じようなことがあったのでしょう。竹造は逃げられる者は逃げて生きるべきだったのだと説きます。美津江の心の深いところにある傷に触れようとする時、竹造の言葉と口調は激しくなりますが、攻撃的な激しさではなく、溺れかかった人を助けようと手を伸ばす時に必要な強さです。
 美津江は台所へ戻り、木下を迎える支度を再開します。やがて、クラクションの音がすると、外へ出て手を振って、やってくる人を迎えます。

 おとったんは、美津江が木下と会った瞬間から身体ができ手足ができ頭ができたと言っています。心を閉ざしていた美津江が、木下という人物と出会って、もう一度人生を生きたいと思い始めたということでしょう。この世の人ではないと書きましたが、幽霊とは違います。時には厳しいことも言うけれども、娘を愛し見守る父親。お互いに言いたいことを言い、ぶつかり合うことはあっても、深いところに信がある父と娘。美津江の心が生み出したというより、彼女の心に生きているおとったん。亡くなった人ではあるのですが、美津江にとっては決して幻影ではなく、雨漏りの手当てをしたり、風呂を焚いたりする現実の存在と解しました。おとったんは駄洒落を言ったり、同級生のお母さんに恋文を書いたり困ったところもありますが、美津江はおとったんに強い敬意と信頼と愛情を抱いています。自分の心の迷いを振り切るの時に、おとったんの言葉が欲しかったのでしょう。

 美津江と木下との恋の始まりを語り合っている時はのんびりしていましたが、親友の死のあたりから緊張感が高まり、おとったんとの別れでそれが最高潮に達します。そこには戦争と原爆への怒りがあり、親友の死では悲しみが、炎に呑まれるおとったんにはさまざまに入り組んだ名状しがたい、何をどこにぶつけたらわからない強い感情のうねりがあります。その気持を解放することで、美津江は生きようとする気持を取り戻していく。
 戦争と原爆による悲劇は大きな要素ですが、現代でも他の原因でも共通するような悲劇は起こりえるでしょう。ロシアや中国など海外でも上演されているということですが、そこではテーマの捉え方が変わってくるに違いありません。
 同じ家のセットで、ふたりの会話だけで進むので、その時の状況や気持のありようで、いろいろな受け止め方ができそうです。いつだったかも誰が演じていたかも定かではないのですが、前に観た時には、戦争の悲劇をもっと強く感じました。今回は、おそらく震災の影響もあると思うのですが、絶望から脱却して人生を生きようとする美津江の変化が印象的でした。これはずっと上演され続ける作品だと思いますが、次回はどんな受け止め方をすることになるでしょうか。

 あとで知ったのですが、同じ回を笹本玲奈さんが観ていたらしいです。ぎりぎりの時間に入ったのと、休憩時間がなかったので、ぜんぜん気がつきませんでした。まあ、気がついたからどうというものでもないのですが、なぜかちょっと惜しいことをした感じがします。


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