「嵐が丘」@赤坂ACTシアター

 だいぶ前のことですが、ハワースへ行ったことがあります。雨が降っていたせいもありますが、7月の後半だというのに、ぶるぶると震えるような冷え込みでした。日本よりは涼しかろうと思って持って行った、薄手の上着では対応しきれずに、御土産屋さんのようなよろず屋のような店でセーターを買ったのを覚えています。
 リーズからキースリーという町まで行って、そこからは保存鉄道。蒸気機関車で引っ張られるのは古い客車でした。交通の便は悪く、荒れ地が広がる何もないところでしたが、昔の姿をとどめていることがブロンテ姉妹の故郷というハワースの観光ポイントではあるでしょう。原題のWuthering Heghtsは地形の丘ではなく、丘の上にある屋敷のことで、それがあったとされるあたりへのハイキングコースの地図をもらいましたが、歩いて戻ってくると一日がかりと言われ、しかも雨で寒いくらいだったので、行ってみるのは断念しました。
 「嵐が丘」の原作を読んだのは、その旅行の途中でした。「風と共に去りぬ」ほどではありませんが、これもかなり長い小説で、長時間、列車に乗っているのを利用して、なんとかハワースへ着く直前に読み終わりました。荒れ地や寒さ、隣との距離感などが、現地にいると腑に落ちました。これなら、隣へ行く間に遭難するかもしれない。
 そんなところに各国から観光客が来るくらいに、ブロンテ姉妹の作品の人気は高いのでしょう。「嵐が丘」は映画も何本か、舞台版も松たか子のキャサリンなど、いくつか観た記憶があります。二世代に渡る長い話なので、原作の物語全部を網羅したものは少なかったと思います。

 今回のミュージカル「嵐が丘」も二世代目はありませんでした。幼いヒースクリフとキャサリン(安倍なつみ)との出会いから、キャサリンの死までというのは、舞台や映画の物語としては適当な長さでしょう。全編を通すにはテレビシリーズがよさそうです。
 家政婦ネリー(杜けあき)が語り手となって、ヒースクリフ(河村隆一)とキャサリンの物語が始まります。原作では、キャサリンの父アーンショー(上条恒彦)がいきなり嵐が丘の屋敷へヒースクリフを連れてきますが、ここではリバプールの街で男の子を見つけるところから描かれています。アーンショーが訪ねようとしているのがロチェスター商会というのは、「ジェーン・エア」と絡めた遊びでしょう。
 ヒースクリフと名付けられた男の子は、屋敷へ連れてこられます。アーンショーの息子ヒンドリー(岩崎大)は彼にきつく当たりますが、娘のキャサリンとは仲良くなります。ここでヒースクリフは子役から大人へと替わるのですが、キャサリンはずっとひとりの女優が演じます。安倍なつみは、どちらかというと子どもっぽい印象ではありますが、子役ヒースクリフと大人キャサリンが並んだ直後に、大人ヒースクリフと大人キャサリンが並ぶのは妙な感じです。
 ほかに同年代の子どものいないところで、共に育ったヒースクリフとキャサリンはお互いを運命で結びつけられた相手だと思っています。ヒースクリフをかわいがっていたアーンショーが亡くなり、ヒースクリフを蔑むヒンドリーが後を継ぐと、逆境のせいもあり、ふたりの思いはさらに強まります。
 狭い世界に生きていたふたりの前に、隣人が登場します。リントン家のエドガー(山崎育三郎)、イザベラ(荘田由紀)の兄妹です。リントン家は富豪で、暮らしぶりも華やかです。キャサリンはその華やかさに魅せられ、エドガーはそのキャサリンに惹かれる。そして、イザベラはヒースクリフに関心を抱いているようです。今まで通りのキャサリンとの生活に戻りたいヒースクリフと新しい世界に夢中なキャサリンとの間にずれが生じてきます。
 そして、エドガーがキャサリンに求婚したと聞いたヒースクリフは、キャサリンが心変わりしたと思い込み、怒りと絶望を胸に嵐が丘を出ていきます。ここまでが第一幕。

 一幕はふたりの強い思いのデュエット、リントン家のふたりが加わったことで芯はぶれていないけれども微妙に気持がずれていく四重唱、それぞれが美しく響きました。ミュージカルの歌としては山崎育三郎に一日の長があり、演技の歌としては荘田由紀が印象的でした。安倍なつみは一幕の、まだ子どもっぽい気持のところは良かったです。きれいな声でコゼットが似合いそうでした。河村隆一は歌手の歌だなという印象です。うまい歌で声量も十分にありますが、デュエットや四重唱になった時に、ヒースクリフとは別の人が現れてくるようでした。
 一幕でここまでということは、原作の半分くらいまでの話ということでしょう。ヒースクリフが、この世のすべてに対して憎しみを抱き、復讐の鬼となる直前までの話、キャサリンとの狂的とも言うべき激しすぎる愛憎の物語として描かれるようです。

 二幕は3年後くらい。それまでエドガーの求婚への答を引き延ばしていたキャサリンでしたが、ついに受け入れます。ヒースクリフが出て行ったことで、彼の心の奥底にまで思いが至るようにはなりましたが、いなくなってしまった男をいつまでも待つことはできません。3年のうちにエドガーへの愛情も芽生えています。
 ここへ富豪となったヒースクリフが帰ってくる。ギャンブル狂のヒンドリーからカードゲームに勝って嵐が丘の権利を取り上げます。5枚ずつ配っていましたが、何のゲームだったのでしょう。
 ヒースクリフはエドガーとキャサリンの暮らすリントン家を訪ね、引越しの挨拶をします。最初は紳士を装っていますが、次第に復讐鬼の顔をあらわにしていきます。キャサリンを責め、彼女への復讐のためにイザベラに求婚します。当然ながら、ヒースクリフにとってはどうでもよい、イザベラにとっては不幸な結婚生活が始まります。外の世界を見てきたのだから、もっと他の女性にも目を向けてもいいのではないかとも思いますが、彼の気持はキャサリンに対して純粋なままです。そして、この純粋さはとても不幸です。
 やがて、キャサリンは病に倒れ、弱った身体でヒースクリフとの思い出の場所へ行き、そこでヒースクリフの腕の中で亡くなります。彼女のヒースクリフへの気持が嘘ではなかったことの証ということでしょう。キャサリンの魂は永遠にヒースクリフの名を呼びながら、荒れ野をさまよい続け、ヒースクリフはその声に答えながら生き続けることになります。

 一幕は身分違いのために結ばれない恋の物語ですが、二幕は執着と狂気の物語に展開していきました。原作に則った三幕があるとしたら、残った人々すべてに対するヒースクリフの復讐が描かれることになります。しかし、そこまで描くのに、舞台で、しかもミュージカルでというのは適切な方法とは思えない。ヒースクリフとキャサリンの純粋な愛情の物語、純粋すぎて狂的な愛憎の物語としては、キャサリンの死までを描くことにした選択は妥当なものだと思います。

 原作は、純粋といえば響きはいいですが、激情というより常軌を逸した、狂気に近い愛情の物語だと思っています。作者のエミリー・ブロンテは少し前の時代の作家で、穏やかというか時として打算的にもなる愛情や結婚の物語を、リアルに淡々と描くジェーン・オースティンを酷評したという話を読んだことがあります。それだけ、ヒースクリフもキャサリンも一幕はともかく二幕の物語では、特に結末に近づくほどにもっと狂気が感じられるとよかった。ダブルキャストの平野綾=キャサリンだと、どんな感じになっているのでしょうか。

 
  

嵐が丘(上) (岩波文庫)
岩波書店
エミリー・ブロンテ
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 嵐が丘(上) (岩波文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



嵐が丘〈下〉 (岩波文庫)
岩波書店
エミリー ブロンテ
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 嵐が丘〈下〉 (岩波文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



嵐が丘 [DVD] FRT-007
ファーストトレーディング
2006-12-14
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 嵐が丘 [DVD] FRT-007 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 図説 「ジェイン・エア」と「嵐が丘」―ブロンテ姉妹の世界 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



嵐が丘 [DVD]
パラマウント ジャパン
2006-05-01
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 嵐が丘 [DVD] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック