「モーツァルト!」@帝国劇場

 人の一生を描こうとする時、フィクションのように筋道の通った話にはならないようです。直接のつながりがない断片をいくつもいくつも積み重ねていって、その人物像を明らかにしていくことになるのでしょうか。同じ作者の「エリザベート」もそうでしたが、あちらはエリザベート皇后自身を描こうというよりも、ハプスブルク家没落の象徴としてのエリザベートであったように思います。こちらの「モーツァルト!」の方が、タイトルロールのモーツァルトという人物そのものに迫っているようです。ヴォルフガンク自身がすべてを語るわけではなく、周囲の人々の語るモーツァルト像も多いので、モーツァルトの曲が使われるところもありますが、大部分はオリジナル曲です。

 ヴォルフガンク(井上芳雄)の人生に大きな影響を及ぼす男たち女たちがいます。男は4人。実際には親密であったかもしれませんが、ここでは闘うべき相手の代表とされているようです。女は3人。彼女たちは闘う相手ではありませんが、音楽家としてのヴォルフガンクあるいは一人の人間としてのヴォルフガンクに大きな影響を及ぼします。

 1人めの男はコロレド大司教(山口祐一郎)。聖職者ですが、世俗社会でも大きな力を持っていて、音楽家としてのモーツァルトを起用するか、つまりヴォルフガンクが音楽で収入を得られるかどうかは、この人物に決定権があります。そのことを高圧的に実証しようとするので、ヴォルフガンクは激しく反発します。音楽に対する審美眼は確かなものがあり、ヴォルフガンクを決定的に切り捨てることができません。経済的に追い詰めることはできても、権力では音楽を屈服させることはできない、ほんとうのところ、ヴォルフガンクにとって、コロレドは敵ではないということでしょう。
 次に父レオポルト(市村正親)。コロレドには単純に反発するか無視すればよかったのですが、父に対してはそうはいきません。音楽を教えた父。苦境にいる息子に手を差し伸べようとする父。反発はできても無視したり、切り捨てたりはできません。切り捨てようとすることに深い罪悪感が生じます。離れていても夢に現れ、亡き後も幻のように姿を見せる。(余談ですが、仮面をつけて現れるところは別の作品の音楽の天使のようでした)「レクイエム」は父のために書いたようにも、父の幻影への畏れから自分のために書いたようにも思えます。ヴォルフガンクは最期まで父の影から逃れられなかったとも言えそうです。
 シカネーダー(吉野圭吾)は親しい仲間でもありますが、同時に誘惑者の代表でもあります。「魔笛」誕生の時がむしろ例外で、それ以外の時は酒食や散財への誘惑者。ヴォルフガンクが経済的に困窮するのはこの男と彼が連れてくる仲間が大きな原因でしょう。
 そして最大最強の敵アマデ(坂口湧久)。宮廷で神童と呼ばれていた頃の姿で、その当時は許されていた貴族的な服を着ています。彼がヴァルトシュテッテン男爵夫人(香寿たつき)から贈られた箱はヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルトの心の中にある音楽。アマデはそれを表に出す才能の象徴。常に黙々と譜面を書き続ける。その姿がシカネーダーの誘惑に乗るヴォルフガンクの人間的な弱さにとって恐るべき重圧となります。ヴォルフガンクはアマデと正面から向き合おうとしませんが、父レオポルト以上に離れることのできない存在です。自分自身の影からは逃れられない。創作に行き詰った時は、ヴォルフガンクの血で譜面を書き続ける。その血の最後の一滴まで搾り取るようにして書き続けます。

 音楽の箱を贈ったヴァルトシュテッテン男爵夫人はヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルトにとってのミューズを象徴する存在なのでしょう。権力よりも音楽を上に置いている彼女は、コロレド大司教の影響を受けません。現実的には、彼の力の及ばないところでヴォルフガンクに演奏会をさせ、象徴的にはヴォルフガンクの人生の節目に姿を現して、音楽家として飛躍するために父からの独立・自立を促します。2幕、レオポルトの訃報が伝わった後にある「星から降る金」のリプライズは厳しさと優しさと美しさがあって、胸に激しく迫ってきました。
 妻コンスタンツェ(島袋寛子)は自分がミューズになることを望んでいたのに、それがかなわないことを思い知らされてしまいます。ヴォルフガンクの心にも体にも近づきたいのにそれができません。彼女の歌い方がポップスのもので、表現方法が違うことが効果的です。夫の死後、再婚してヴォルフガンクとは距離をおきたいのに、ずっとついて回るのが彼女の悲劇です。
 姉ナンネール(高橋由美子)は音楽の才能とは無関係に、ひとりの人間としてのヴォルフガンクと接することのできる唯一の人物です。父と弟の間で板挟みになったり、弟の経済的な問題で迷惑したりはして、怒ったり悲しんだりはしますが、深い理解者ではあります。ただ、そのことで、何の影響も及ぼすこともできません。

  最後に墓の中から頭蓋骨が取り出されますがモーツァルトの頭蓋骨として伝えられているものがザルツブルクに保管されているそうです。真偽はわかりません。描かれる多くのできごとが、どの程度事実に基づいているのか、どの程度フィクションが織り込まれているのかはわかりません。これは、常に内なる天才と闘いながら、作曲に取り組んだ、あるいは取りつかれたヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルトの評伝をエンタテインメントとして語ったものということでしょう。


Mozart
Polydor
2007-08-21
Various
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by Mozart の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



SOTTO VOCE/ソット・ヴォーチェ
ビクターエンタテインメント
2002-10-02
井上芳雄
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by SOTTO VOCE/ソット・ヴォーチェ の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル






ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮《モーツァルト:レクイエム ニ短調 K.626》
トーン
Wilma Lipp(soprano)

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮《モーツァルト:レクイエム ニ短調 K.626》 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック