「水の手紙/少年口伝隊一九四五」@紀伊國屋サザンシアター

 4月に亡くなった井上ひさし追悼と銘打った、こまつ座の公演です。2作品とも朗読劇(「水の手紙」は"群読のために"とサブタイトルがついていますが)で、出演者は新国立劇場の演劇研修所出身の俳優。申し訳ありませんが、どなたの名前も存じ上げません。2つの作品の間に、井上ひさし作品ゆかりの俳優が登、して、その人の"井上ひさしへのラブレター"を読むという趣向が挟まります。

 「水の手紙」は2003年に山形で開かれた国民文化祭2003のために書かれたものだそうです。"群読のために"とあるのは、世界各地から寄せられた水についての問題を伝える手紙を、一人ひとつずつ読んでいくことのようです。水が枯渇して困っているところがあれば、水没の危機に瀕しているところもある。量には問題なくても酸性雨など水質が激変しているとこもある。そうした各地からの手紙が紹介されるうちに、地域の問題ではなく、地球全体の水に関する懸念が高まっていきます。
 国民文化祭で上演するために書いたということは、読み手には朗読の高い技量を求めているのではなさそうです。外国人が書いた日本語の手紙のように、たどたどしさはあっても真摯な文章と読み方の方が重要ということでしょうか。20人くらいの出演者の声とヴィオラの生演奏とが生み出すハーモニーの美しさが印象的でした。井上ひさし作品のセリフが音楽的であるということの実証になっているように思われます。この作品は、群読という形式でしか、ありえないでしょう。

 「水の手紙」が終わったところで、客席からこの日のゲストの剣幸さんが登壇して、"井上ひさしさんへのラブレター"を読み上げました。ラブレターといいながら、井上ひさしさんへのメッセージであれば、歌を歌っても、何かパフォーマンスをしてもよかったらしいのですが、剣さんのラブレターは初対面の印象やその後のやりとりを綴った、律儀に手紙らしいものでした。

 「少年口伝隊一九四五」は1945年8月6日、広島に原爆が落とされた後に起きた物語です。家や家族をなくした3人の少年は市内をさまよううち、旧知の中国新聞の女性記者と遭遇します。新聞社でも多くの人が亡くなりましたが、どんな状況でも新聞の役割は果たしたいと、取材と記事執筆は行われています。しかし、輪転機が破壊されてしまい、印刷ができません。そこで、口伝という考えが生まれました。市内の要所に口伝隊をさしむけて、その場で記事を読み上げるというものです。3人の少年はそれを引き受けて、新聞社から寝るところと食事の提供を受けます。報道の役割を果たすことと、その時に知り合った老哲学者との親交のうちに、彼らには世の中の仕組みが見えてきます。見えてきますが、そのことは彼らの幸福にはつながりません。戦争は人と人とが殺しあうものですが、核兵器は人というよりもシステムが人を殺すものだということでしょうか。
 原爆の被害は、核爆発による直接のものだけではありませんでした。少年の1人は原爆症を発症します。建造物や植生が失われたこと、そして多くの人が亡くなって堤防を守る作業をする人もいないことで台風の被害が拡大。洪水に巻き込まれて、少年の1人は行方不明になります。最後に残っていたひとりも、十数年後に原爆症のために亡くなったと、老哲学者から紹介されます。
 こちらも俳優の朗読をギターが伴奏しますが、やや観念的だった「水の手紙」よりも物語が具体的で明確です。どんな結果になるか作った人にも想定もできていなかった、つまり人にコントロールできない核兵器の、巨大な力に対する無力さと恐怖が迫ってくるようでした。
 2008年に新国立劇場演劇研修所のために書き下ろした朗読劇ということです。「水の手紙」と違って、こちらは普通の演劇として書くという構想もありえたように思います。広島がヒロシマにされてしまったことへの怒りと悲しみのメッセージを、少しでも早く発信したかったということでしょうか。
 

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