「月が水面に忍び来るがごとく」@青年座劇場

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 青年座劇場は代々木八幡駅近くにあります。ふだんは稽古場にしているのかなと思うスペースに舞台装置と椅子を並べ、劇場として使っているようです。開演10分前くらいに着いて、チケットを受け取ると自由席とのこと。満席らしく、補助椅子を運んでいるところでした。席に着くと、舞台はスペースの真ん中。ステージの向こう側にも客席。そうしている間にも、補助椅子が運び込まれてきます。
 装置は白を基調にしたモノクロの同心円。中央は凹んでいるようです。上にはバウムクーヘンを切ったような高さの違うものがあります。これが椅子になったりテーブルやデスクになったりもします。

 「月が水面に忍び来るがごとく」は韓国の小劇場で上演された作品だそうです。50歳のトラック運転手の男と居酒屋で働く30歳くらいの女が結婚するところから物語は始まります。冒頭の場面では同心円のセットは居酒屋(といっていますが、もう少し高級なように見えます)で、女はそこのホステス(居酒屋という言葉に従うなら、時代劇の酌婦のような感じでしょうか)、男はそこの客です。「王子」などと呼ばれていますが、男ははっきり言ってパッとしないし、お金もない。女には何か企みががあるようです。
 場面がかわると女は妊娠していて、もうかなりお腹が大きくなっています。同心円のセットは2人の住まいのようです。なぜか部屋の中央のいちばん小さな円の部分には布がかけられています。男が仕事を終えて朝早く、市場で買ったイチゴを土産に帰ってくると、女はピリピリしています。言い争いの末、女が布を取り去ると、そこには彼女の継母とその娘の死体。人殺しの母親が生んだ子は不幸になるだけだから、生まれる前に自分もいっしょに死ぬと女は主張。その勢いにのまれた男は、自分が身代わりになるといって自首します。
 刑事の取調べ、検事の取調べで、男は供述の矛盾点を突かれます。なぜ、かばうのかと言われ、男は考え始めます。面会にやってくる女に、なぜ自分のような男と結婚したのか、自分を愛しているのかと問い詰めます。しかし、彼が望む答は返ってきません。臨月を過ぎているのに、子どもはまだ生まれません。
 法廷で、弁護士が情状酌量を求める弁論をした後、男はそれまでの供述を翻して、女が2人を殺し、子どもの幸福のためと彼女に言いくるめられ、罪を被ろうとしたのだと主張します。彼の主張が認められそうになったところで、女は産気づきます。
 継母とはいえ親殺し、しかも2人を殺したことで、韓国の法律では死刑が相当。女は覚悟しているようです。赤ん坊を抱いた男が面会に訪れます。男は改めて女に問いかけます。自分を利用するために結婚したのか。愛情はあったのか。答えないまま、女は消えていきます。

 いろいろな要素がありました。男女の気持のすれ違いでもあり、憎悪の物語でもあります。取調室の場面で、男の主張がどう覆されていく過程はミステリ的でもあります。もっとも凶器や刺し方など犯行の具体的な供述が粗雑すぎて、男の人のよさを示すものになっていますが。
 おそらく、ずっと不遇だった男は、初めて女の愛を得たのだと信じたいのでしょう。疑念は離れませんが、信じたいという思いは強い。子どもの頃から継母たちに虐待されていた女の望みが、復讐を果たしたいことだけとは思いたくない、だから、男はずっと問いかけ続ける。女の思いや行動は極端ですが、ほんとうの思いはどこにあるのでしょうか。
 韓流ドラマと表層は違いますが、感情の激しさ、強さというところでは共通しているようです。タイトルからは、さりげなさをアピールしているように感じますが、中身はそれと逆の印象です。ちょっと、理解しがたいところがあるのは、アメリカやヨーロッパの文学作品は読んでいるのに、韓国のものにはあまり触れていないせいかもしれません。




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