「ロビンソン&クルーソー」(国際児童青少年芸術フェスティバル)@東京芸術劇場小ホール2

 メリディアーノ・シアターというデンマークの団体による演劇作品です。タイトルは、ロビンソン&クルーソーであって、ロビンソン・クルーソーではありません。1人がロビンソンで、1人がクルーソーなのでしょうか、2人の男が海に囲まれた屋根の上に流れ着くというところから始まります。

 海に囲まれた屋根と書きましたが、屋根だけでなく屋根の下もあるにはあります。住んでいる人がいるとは思えませんが、孤島に流れ着いた人に役立ちそうな道具がしまってあったりはします。

 2人は別々の方向から流れてきて、別の言語を話します。1人は英語でしょうか、ヨーロッパのことば。もう1人のことばは人造語でしょうか、何を言っているのかさっぱりわかりません。言葉はさっぱりわかりませんが、必死で何か役立ちそうなものを探しているのにヘンなものを見つけてしまう。どこかにぶつけて痛い痛い。状況から、きっとこんなようなことを言っているのだろうと、想像することはできます。

 2人はそんなに大きくはない一軒の家の屋根の上にいるので、最初はお互い、言葉でのコミュニケーションを試みますが、うまくいきません。それぞれ、お互いが存在しないかのように動きます。
 しかし、1人でできることは限られています。何とか意志の疎通をはかり、お互いの力を合わせようとする。役に立つものを見つけ、それを分かち合う。そうしたことの繰り返しで、2人は言葉の通じないまま、気持を通じ合わせるようになっていきます。
 気持が通じ合うようになると、お互いのわからない言葉を理解しようとし始めます。姿が見えないと心配になります。家族の写真を見せ合ったり、友情が確実に芽生え育っています。
 時間の経過がよくわかりませんが、2人は、この屋根から脱出して、それぞれの故郷へ帰る決心をします。船があるわけではないので、その行動には危険が伴うのかもしれません。それでも、2人は互いの幸運を祈りながら、励ましあいながら、それぞれの故郷がある方向を目指します。

 なぜ、屋根なのか。たぶん、現実の世界で、言葉の通じない2人が出会うのは、孤島ではなく、それなりの文明が存在するところだからでしょう。リアルな孤島のサバイバル状況では、コミュニケーションを深めていくよりも、水や食べものを探すことが最優先になってしまうということもあるかもしれません。屋根は、いちおう生命の危険は小さいという状況を示しているということでしょうか。
 これが妥当なものかどうかはわかりませんが、2人の人間の関係が変わっていく様子を、1時間で描くための、言葉がわからなくても理解できるようするための、子どもでも楽しめるようにするためのアイディアとしておもしろいと思いました。

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